昭和42年01月16日 朝の御理解
私どもの修行させて頂きます。実印と云うものは、これは、大変大事なものであると同時に、その判の使う修行一つで、ま大変な事にもなって参りますし、大事なものですけれど、信心にも、神様に対するところの実印と云うものを差し出しませんと、本当のおかげは受けられません。と云う事を、今朝、頂くんです。
その実印とは、どう云う様な事かと云う事についてお伺いさして頂きましたら、何にも頂きません。今ここに座らして頂きましたら、今日はこんな大雪で、道が云うなら、滑ったり、雪が凍って、まお参りが出来ない。そう云う中を押してでも出て来る、それが、実印。今日はもう特別、自動車が危のうございましたから、とても今日は、雪が深うて、成る程、云い訳は何ぼでも立ちます。
けれども、神様の前には、云い訳はいかん、出来んと仰る。そのところが、私は、実印であると云う事を感じさせて頂きました。皆さんは、だから、今日、神様に向かって実印を持って、皆さん、神様へ信心を示された様なものだと思いますね。
どうぞ。